【道祖神】愛知県高浜市の歴史研究

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道祖神用語集

か行

御幣と道祖神

道祖神に御幣が刻まれているものがありますが、これは天然痘が赤いものを苦手とする伝承によるものです。 塞神に赤い紙で作った御幣を飾ったりした風習は疫病などが村に入らないように願ったことに由来するもので、赤い物は魔除けの色と信じられていましたので天然痘が流行すると設置されました。 赤い御幣・赤い達磨・赤い物をお守りにした風習から道祖神にも御幣が彫られたと考えられます。 たとえば岐阜で有名な『さるぼぼ』が赤いのは天然痘除けのお守りとし作られたことに由来します。 言い換えれば御幣が彫られている道祖神は、当時大流行していた天然痘が村に入らないようにという願いから作られた経緯があります。 また、このような事例からもわかるように道祖神が村の入口に祭られるようになったことがわかります。 御幣が彫られている道祖神は天然痘が村に入らないように村の入口にに祭られるようになります。 村内の辻に置かれた道祖神は村内に入り込んだ悪霊が持ち込んだ災いを村の外に送り出す目的であり、天然痘などの疫病対策には村に入らないように村の入口に道祖神を置く事になります。 道祖神の伝承では疫病とて道祖神にお伺いを立てなければそこから先を通ることができなかったとされているものがあります。

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さ行

塞神(さえのかみ)が祀られている場所

村の入口・村境・辻・畑・寺の境内。

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た行

手向け

「対馬紀事巻ニ」によると 対馬の道祖神は郷村の境に歓請(かんじょう)する。 村民此社の前を過ぐる時は柴を折て手向けとす。 積んで山の如く故に栞殿と云ふ。

道祖神とは

村の辻や入口などに置かれた石造で、人の住む所に疫病や悪霊などが入り込むのを防ぐことを目的として信仰されました。 古くは平安時代の都の辻に置かれていたことが『今昔物語』に記載されています。 『和名類聚抄』に記載されている、「道祖・岐神・道神」などが道祖神と関連があると考えられています。 陰陽石信仰や地蔵信仰・猿田彦などとも習合している民間信仰。 また平安時代は国司も旅の安全を祈願していましたので道の神や旅の神とも言われます。 旅の神・道の神とされたため、枝を折り手向けたり、わら草履を供えたり、モウソウ竹を切って酒樽を作り、酒を入れて笠とともに供えたりしました。 しかし、道の神や旅の神ともされる道祖神に道標の文字が彫られたものは希少。 結婚の神としての風習がある地域もあり一月十四日の早朝に人に会わずにお参りすると良縁を得られるとされています。

道祖神の伝説

長野県上伊那郡の伝説では、「昔疫病が流行した時、それを防ぐために辻に道祖神を建てた」とされます。

道祖神のいろいろな名称

ドーロクジン・道陸神・幸神・サイノカミ・塞神・産神・ドーロクジンバ・ドーソジンバ・ツジ・原のツジ・ミツツジなど。 これらの呼び名は辻との関が深いことを意味していると考えられている。

道祖神の置かれた場所

村境・辻・村の中心・村の中の大きな木の下・寺社の境内など。

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