【道祖神】愛知県高浜市の歴史研究

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鎌倉時代の道祖神

愛知県三河地方に伝わる鎌倉時代の道祖神

愛知県刈谷市の道祖神

地蔵型の丸彫り道祖神

こちらの道祖神は『安城歴史研究第6号』1980年発行に掲載されていました。 当時の経緯は次のようなものでした。 54年に安城の歴史を学ぶ会が市内全域において道端を主として石仏の調査をした結果安城市には道祖神は一体もないという結論に至り『安城の石佛』という一冊の本に書かれました。 しかし、その読者であった知立市の隅田三郎氏から掲載されていた写真のうち二体が道祖神で、同型のものが愛知県三好町にあるとご教示され再確認をした経緯がかかれています。 指摘された地蔵は他の地蔵と形が異なっていたので調査当時から問題になっていたもので、当時の村人は舟底地蔵と呼んでいたようです。 形状としては、写真のように胴体横腹の刻線が舟底の竜骨に似ていることからその名前がつけられたとなっています。 安城市の道祖神が祀られている場所は古墳の墳丘の上にお堂があってそこに安置されていると書かれています。 そして安城市の道祖神を三好町の道祖神と比較検討したところ酷似していることに驚いたそうです。 三好町には他にも類似した道祖神があるが時間の都合上、三好町教育委員会との合同調査は終了となり、後の機会に調査をされたことが記されています。 結果として三好町で合同調査された二体の道祖神は安城の道祖神と同型という結論に至っています。 つづいて豊田市の道祖神も紹介されていて、村の西南部の四辻に「なごや」「ちちりゅう」の道標の文字が刻まれていて舟形の光背に単身地蔵というものとなっています。 さらに豊田市猿投町の磯神さんと呼ばれている男根形自然石は調査当時でも信者が多く、供物も沢山備えられていたようです。 そして、今回このページでテーマとなっている刈谷市の指定文化財である道祖神は西境の永福寺にあります。 こちらも同調査資料に掲載されているもので、左義長地蔵とも言われ天衣の彫刻の線が男根の亀頭の部を表していて、胴体部分の刻線は安城の道祖神と同様で、制作年代は鎌倉時代前後ということになっています。 その他には高浜の道祖神や足助町や旭町方面の道祖神、坪崎の双体道祖神なども紹介されています。 また、西尾市にも複数体の道祖神が存在しています。 この調査記録での調査対照は二十二体となっており、山間部と三河の平野部との形の違いが指摘されており、安城形の道祖神が全部で十二体あったとされています。
私は刈谷市の鎌倉時代の地蔵型道祖神を確認するため住職の方に連絡をとり当日現地へ行きました。 写真撮影の許可をいただき、その中の1枚がこちらの写真となっております。 当日住職の方のお話しを聞くと今までに多くの人が調査に来られているようで京都大学も調査に来られたとおっしゃっていました。 こちらの道祖神は鎌倉街道近くの池の底に沈んでいたとのことでした。 このほかにも境内には庚申塔がありました。 刈谷市誌(古い市史)に、こちらの道祖神が『朝野群載』の記録とともに紹介されています。 平安時代以降次第に整備されてきた街道にも当時は自然災害や飢饉・病気が多く、また盗難などの不安があり、そのため平安時代には国司は宿泊先で道祖神を祭り、道中の平安を道祖神に願ったとされています。 鎌倉時代も鎌倉街道を往来していた人々が道中の安全を道祖神に祈願していたであろうとされています。 刈谷市の文化財図録にもカラー写真つきで紹介されています。 刈谷市図書館にあると思いますので興味のある方はご覧ください。 もうひとつ『安城歴史研究第6号』1980年発行より少し新しい資料として刈谷市郷土文化研究会の資料(昭和59年発行)によると、道祖神の由来云々から後世になり行路の神、旅の神の信仰が習合して「旅の神」としての性格も持ち合わせるようになったとされ、東境と西境の村境に祭られていたものを現在の場所に移したと記載されている。 これを遡ること130年ほど前の天保年間に永福寺の溝渠(こうきょ)を改修した際に出土したものと伝えられていると記されている。 さらにその当時の字名は「鳥海道」といい、俗に「左義長」とも呼ばれ、700年前の鎌倉幕府の頃、鎌倉街道は大変なにぎわいをみせたという。 地名といい、場所といい、まことにふさわしい出土品とされる。 石質は花崗岩で、素朴なつくりで、京や奈良の専門の石匠が作ったものとは思えないとされるが、なかなか捨てがたい趣があると寸評れさている。 おおよそ、鎌倉以降、室町時代の地方の石工の作ではなかとされ、紀年銘はなく制作年代を特定することは不可能としていると紹介されています。 ひとつ注釈として付け加えますと石質の花崗岩ですが、これを市に問い合わせたところ台座の部分の石質が花崗岩だったとされ、本体のほうは調査されていないとのことでした。

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